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8月15日なので、、、

こんばんわ~

おかしゃんです。 アラフォーです~ まだ?って 声が聞こえそう(苦笑)


終戦の日ですね。 

私が生まれた時には 母方の祖母しかおらず

他の祖父母は 他界していたので あまり戦争の話を聞いた事はありません。

祖母は戦前か戦中に結婚して 夫婦揃って 出身地の長崎から 満州へ渡ったそうです。

そして満州で生まれたのが 私の母。

終戦後 引き揚げ船で 祖母は母を連れて帰国してくれました。

祖父が帰国したのは ずいぶん後だと 聞いています。

乳飲み子を抱いて 故郷 長崎へ到着した若き日の祖母。

原爆が落ちた後の 故郷を見て どう思ったのかなあ?

生前の祖母から 戦争の話は 一切聞いた事がありません。

引き揚げや 祖父が後から、、、などは 祖母の法事で

祖母の弟から 聞きました。

大変な時代だったっと。

IMG_7986_convert_20140815171814.jpg

その後 祖父が帰国し 家族揃って 東京の下町で暮らし始め

次女 長男 っと 家族も増え 幸せに暮らしていたのですが

祖父は働き過ぎたのか 30代半ばで 病死しました。

祖母は 働きながら 3人の子供を育て 

老後は 長男一家と幸せに暮らし 日本人女性の平均寿命まで

頑張りました。

亡くなる直前しか 入院していなかったので 幸せだったと思います。


私は 日本に生まれて 平和な国に生まれて ラッキーだ!っと

思っていました。 ここ重要です。 過去形なのです(苦笑)

IMG_7987_convert_20140815171829.jpg

今の政府が悪いのか? 世界情勢や 近隣諸国なのか?

何が悪いのかは わかりませんが、、、

なんとなく 戦争に加担せずにいられないような 流れに 乗ってしまったのではないか?

っと かなり不安を感じています。


私には子供はいませんが 会社では親子ほどの年の差の若者達と 働いています。

万が一 戦争に巻き込まれても 若者達には 戦地に行って欲しく無いです。

絶対に 行かせたく無いのです。

民意を反映するはずの選挙結果も、、、

沖縄では無視されているように 思います。 恐い事です。


原発の事もありますし、、、

今 この国は 平和風な国 なのでは ないでしょうか?

IMG_7985_convert_20140815171748.jpg

「おかしゃん また、、、ポチっと 減りそうな事 書いてるし~」 byデヴィ


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| おかしゃん | 23:59 | comments:8 | trackbacks(-) | TOP↑

知覧の特攻記念館に行った時
こんなにいたいけな青年たちが命を懸けて
負け戦に身を捧げさせられたのかと
本当に悔しかったです。

たくさんの人たちの普通の暮らしを根こそぎ
崩してしまう戦争は永遠にしませんと
約束したはずなのに。
どうしてこんなに急いで進路を変えようとするのか。
私もとても怖いです。
本当に今の政府は怖い。

ポチッと、今日は特に強く!

| emihana | 2014/08/16 09:03 | URL |

私も同じ思いです。
今の政府、イヤ、政府というよりごく一部の
政治家さん達のせいかも知れませんが、
このところの日本の動きは怖いです。
歯止めをかける人は不在で、
国民は置いてけぼりで
気が付いたらあの70数年前と同じ状況に
おちいっているのではないか?という不安と恐怖です。
昨晩のNHKの美輪明宏さんのインタビューをとても
興味深く見ました。
BOSS母さんのご一家、とても苦労されたのですね。
我が家は母がサハリンからの引揚者です。

| 松の実 | 2014/08/16 09:18 | URL | ≫ EDIT

昨日TVで8月15日は何の日?と聞かれて、ケラケラ笑って答えられない若者の多さに驚愕しました。
若者ばかりが悪いのではなく、これが今のこの国の教育なのかと残念で仕方ありません。
私も戦争の話を祖父母から何度も聞きました。
父方の祖父は長男だったので出征はしませんでしたが、叔父(弟)は特攻隊で亡くなっています。
母方の祖父母は麻布に住んでいたので、空襲で家も焼け、その後四谷に居を構えましたが、一から出直しで大変苦労したそうです。東京大空襲の時は、祖母のお腹には私の母がいました。走って逃げる中、後ろで次々に倒れて死んでいく人達を何人も見たそうです。祖父は皇宮警察だったので戦争には行きませんでしたが、傷のない体の自分が恥ずかしかったそうです。それでも、マッカーサーがやって来た時は「いつ殺されてもおかしくない」と思ったそうです。
主人の叔父(義母の弟)も、早稲田大学在学中に学徒出陣で戦死です。
他にも語ったら切りがないほどの話があります。その人達が守ってくれた日本、大変申し訳ないほど、彼らが命を犠牲にしてまでも思い描いたような国にはなっていないと思います。

| まあた | 2014/08/16 12:27 | URL |

ウチでも毎年終戦記念日には夫婦揃って黙祷します。
色々な思いが錯綜する日です。

お祖母様は長崎のご出身だったのですね。満州からの引き揚げはとても大変だったことでしょう。
父の出身は長崎ですが、曽祖父の事業の関係で一家は朝鮮半島に。だから原爆は免れましたが、一足先に帰国していた父を除き、祖母や叔母達は壮絶な引き揚げ体験をしたそうです。
大阪から佐世保に疎開していた母はあのとき、キノコ雲を見たそうです。

今の日本の危うい状況に腹立たしさを感じる毎日です。
不愉快なのは、歴史が歪曲され捏造され、自虐史観が蔓延していること。
歴史だけじゃなく、様々なことが嘘だらけ・・・
仰るとおり「平和風な国」が今の日本なのだろうな。

デヴィちゃん、みんなをこれからも笑顔にしてね!
頼みますよー!

| milleco | 2014/08/16 14:20 | URL | ≫ EDIT

私も、ラッキーだった!と思っていました。
ですが、メルトダウンを経験して
考えがかわりました。
この時代に生きている責任を感じます。
沖縄のあれは、なんなんでしょう!

| つま | 2014/08/16 18:12 | URL | ≫ EDIT

コメント有難うございます

emihanaさん
米国さんからの注文なのでしょうか?
だからといって 許されるのでしょうか?
そもそも 今の政府は 経済さえ復活すれば~みたいな
言い方だったはずなのに なんで こんな風に なったのかしら?
私は 震災後 フクシマが何も終わっていないのに
こんな時に 立候補するって 政治家になりたい!って
アホなんじゃないか?っと 思っていました。
悲しい 正解だったかも しれません。


松の実さん
今後の若者達にとって 良い事をしていると 思えません。
あのヒトは 周りにイエスマンしか 置いていないように
思いますし
どうかしている、、、っと 思います。
このままでは 本当に 気が付いたら、、、
戦争だった っと なりそうな 気がします。
どこかで 止めないと いけませんね。
どうやって? なのですが、、、。


まあたさん
あの戦争でたくさんの方が 靖国で、、、ですね。
靖国に祭られる方は たくさんなので
知人でも お爺ちゃんが靖国だから~っと
お参りする方 もちろん います。
私も数年前 デヴィが来た 数日後 偶然 お参りしました。
でも 日本の看板背負ってるヒト 騒ぎを起こしてまで
お参りする理由 あるのでしょうか?
靖国に祭られている方たちは 望んでいないと
私は 思うのです。
公人は 好き勝手にしては だめ です。
それが イヤなら 公人に なっては いけないと 思います。


millecoさん
母方の 祖母も祖父も 長崎出身です。
結婚してから 満州へ~ っと 聞きました。
お婆ちゃんから 何も聞いていません 戦争のこと。
亡くなってから 祖母の弟から ちょっと聞いて
乳飲み子抱えて 原爆が落ちた後の長崎 どうだったのかな?
っと 今 考えても 尋ねられません。
お婆ちゃんには 消したい記憶で 私に伝えたい事では
無かったのだと 思います。
いろんな嘘 本当ですね、、、。
かつて 東南アジアで 日本軍がいたから 戦争に巻き込まれた地域なんかも
日本統治時代は 子供は学校で学べたんだよ~ っと。
日本が 居なくなって 子供たちは働き手になった。
いろいろ ありますね。


つまさん
そうそう ラッキーだった! 過去形ね(苦笑)
今 40過ぎて~ 若者達と毎日 働いて~
アホ話ばかりですが オトナとして
やっぱり 未来に残したくない物は
あるのです。
政治家が好き勝手に言ってる~ ぐらいしか
若者は 考えませんが
おばちゃんは そんな政治家を 信用できん!っと
公言しています。
おばちゃんは 若者を戦地へ送らない為なら
意地悪ばあさんでも 爺さんでも 変身するのです(笑)

| BOSS母 | 2014/08/16 22:56 | URL | ≫ EDIT

国を預かる人間は
自分の欲望を抑えての
深慮遠謀が必要だと思います。

お爺さんの亡霊につきまとわれているのか?

| taki | 2014/08/17 10:07 | URL | ≫ EDIT

母は、終戦の記憶がないほど幼く、父も祖母が土地を売りながら、白米を食べていたほどで、戦時中の酷い記憶もないそうです。
あの頃からポジティブだったのかなと。

私が初めて、「戦争」を意識したのは、イギリスのいる時、イラクのサダン フセイン政府関係の人が、第一次湾岸戦争が始まり、帰国を命ぜられた時でした。
彼女は帰りたくないと言っていました。

状況は分かりませんでしたが、当時、イギリスの空港にはマシンガンを持った軍人たちがいっぱいいて、すべての荷物を検査していました。
あるエアラインは、空路変更していましたから。

特攻隊のドキュメンタリーをみたことがあります。
「どうしてなのか」という疑問だけが残りました。
戦争、まだ、世界のどこかでやっています。
どうしたら、世界中が平和になるのか、口論だけでならないのか、
考えますね。
犠牲になるのは一般の罪ない人です。

カナダには戦火を逃れてきた難民がたくさんいます。
平和な日本を強く感じますね。


| トド まま | 2014/08/17 12:45 | URL |















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